「アートと介護の最先端がここにある」CCC円卓会議inこだま報告
1854年。
太平の眠りを覚ます、黒船来航。
攘夷、尊皇、公武合体などと、時代の転換が突きつけられたこの年。
「ええじゃないか」と民衆の声が こだま する
上総の国の一宮に近い睦沢に、、
時代の最先端-蘭学-の医院が開設された。
それから、153年後の2007年。
房総半島を始め日本列島に幾多の被害をもたらした
台風4号が再接近した、7月15日、
千葉クリエイティブ・クラスター・セカンドステージ円卓会議
の第1弾が、睦沢町にある、特定非営利活動法人「こだま」の
共同生活舎-153年経ち、古民家となった医院-にて開催された。
この153年という時を経ても、時代の最先端が、
この、こだまでは、発信されている事を私たちは確認した。
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(当日の様子)
「共同生活舎こだま」では、15日にあわせて、
0歳から97歳までの、睦沢町・一宮町の305人が
5月から連日の、ワークショップで制作した、
「こだまdeアート こだま生まれる」の作品が展示。
古民家の縁側には、デイサービスの利用者さん達が、
制作した、ガーゼ絵の作品が並び、
古民家の外の庭には、たまあーと創作工房の
こどもクラスの皆さんが制作した、ものが展示された。
また古民家の奥の部屋には、
0歳から97歳までの305人の手形が-今を生きる痕跡が着いた、
ガーゼが、1枚(6丈ほどの大きさ)に貼り付けられ、
部屋に張られ、
その上を、ディケアの利用者さんが、こだまの
草木とガーゼで作られた、インスタレーションが上からつるされた。
インスタレーションが自然にくるくる回転する様が、
なんとも、幻想的な空間を作り出した。
展示は、こだまの古民家と言ったロケーションに、
よくなじみ、「古民家」の持つ、場所の力と、
一人一人が作った、「作品」の持つ力を引き出した。
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午前中。
●「こだまうまれるワークショップ」
こまちだたまおさんによる「こだまうまれる」ワークショップ。
血で染まらずに済んだガーゼに、
私たちも今を生きる痕跡-手形・指跡-を残し、
こだまコミュニティの中に包み込まれた。
手で痕跡をぺたぺたつけるだけでも、
色々なバリエーションが作り出せる。
嵐にもかかわらず、参加してくれた
幼稚園に通う女の子は、体中を使って、ガーゼに痕跡をつけた。
全身が絵で染まった。
終了後、「来週もないの?」
全身をつかった、ワークショップに、
つくりだす、の楽しさを知った模様。
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午後。
●「こだまうまれる」展覧会トーク。
特定非営利活動法人こだま代表の
近藤けい子さんによる、特定非営利活動法人こだまの活動紹介、
また古民家の説明をしてもらったあと、
こまちだたまおさんによる、「こだまうまれる」の作品、
制作過程の説明をして頂いた。
こだまの事業で一番大切にしていることは「なじみの空間」だという。
●CCC円卓会議
近藤さん、こまちださんを中心に、
当日参加者48名、全員で「こだまでうまれる」の制作過程、
また、たまあーと創作工房、特定非営利活動法人こだまの
「多様な参加のある、地域拠点の成功のヒミツ」に探る、ディスカッション。
特に「こだまうまれる」の制作過程において、
最初は「アートは重い」「アート創作なんて、デイケアで出来るのか?」という
不安を持っていた、こだまのスタッフが、
ワークショップにのめり込んでいく、アートの力が明らかになったのと、
また、ワークショップによって、
デイケアの利用者さんが、自らの内在する自己に出会う姿などが、
明らかになった。
また、当日初めて「こだま」に訪れたアーティストからは、
こだまのスタッフ、睦沢町・一宮町の住人の「親密圏が広い」といった指摘や
木更津の福祉施設での従事者から、
色々な事業をやるところに、こだまの活動の多様性があるといった指摘、
など、当日の参加者からも円卓会議にて、
「こだま・たまあーと創作工房」の成功のヒミツに対して、鋭い意見が出た。
(円卓会議のまとめは、詳しく下に書いてあります)
●「あらら。」パフォーマンス。
コンテンポラリダンサーの鷲野麗奈さん、
ジャズドラマーの坪井洋さん、
ジャズピアノの増田実祐さんによるユニット「あらら。」の
即興パフォーマンス。
パフォーマンスは、「夏休みの昼休み」を彷彿させる、
まったりとした、涼しさを感じる、パフォーマンスだった。
また、「こだまうまれる」インスタレーションの持つ、奥行きと
こだまの場所の時間・空間にとけ込む、質の高いパフォーマンスだった。
●交流会。
交流会では、当日の円卓会議に参加して下さった
地域の方からの差し入れのスイカ、シフォンケーキ、
こだまからの差し入れのお菓子に舌鼓を打ち、
円卓会議では話きれなかった、議論が盛り上がった。
特に、最初、デイケアでの実現に困難に感じていた、
「こだまうまれる」ワークショップに対して
スタッフの方の率直な感想
「利用者さん1人1人の個性・主体性を大事にする」
介護への視座など、アートによって
利用者さんも、スタッフも感じたという、率直な感想が聞く事ができた。
●嵐さる。
楽しい時間はあっという間に終わり、
また、気がついたら、嵐もとどまり、晴れ間がさした、夕方17時。
コミュニティアート・ふなばしのメンバーはこだまを跡にした。
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CCCinこだま まとめ-
こだまdeアート、円卓会議でのキーワード。
①地に足つけて、すそ野を広げる。
地域密着のアートプロジェクトと、介護事業。
その、「地域密着」を成功させるポイントは、
一番基本的な事であるが、イベントの参加者、スタッフ、
ご近所さんなどを大事に「声をかける」「感謝を伝える」ことから、始まる。
近藤さん、こまちださんともに、
「人は一人では生きていけない」「人の中で生かされている」という自覚が
人を大事にする姿勢の事業展開を形成し、
一人一人を大事にすることが、毎回イベントの来客数を増やす、
支援者を増やす、新しいイベントを増やす事になる。
まさに、それは人を多く知ると言うことにつながり、
結果的に多くの人が訪れる、地域コミュニティの中核となるポイントである。
②未知の出来事、未知の人との接触が、新しい可能性を開く。
-NPO、アートだから出来る
また、近藤さん、こまちださんともに、
「今まで出会った事がない、新しい分野や事業」に積極的に関わる姿勢がある。
「未知」に出会うことが、新しい可能性を広げる。
まさに、未知の出来事、未知の人との接触は、
NPOやアートプロジェクトといった、オルタナティブな組織の
「得意とする」事である。
現代は、ある意味、「専業・専科」しすぎて、
地域が「タコツボ化した結果、行き詰まった」時代とも言える。
その中で、未知を積極的に歓待する姿勢は、
地域・コミュニティ課題の複雑さを抱える今日において、
こだま、たまあーと創作工房の活動は、一つの視座を与える。
まさに、学際的アプローチこそがNPO・アートプロジェクトが
地域にもたらす、活動の有効性を示している。
③「なじみの空間」に包み込む-地域の領域性の垣根を払う。
こだまの活動のコンセプトは「なじみの空間」である。
円卓会議の中で、こだまのスタッフの方から「一宮」でも「睦沢」でもない、
「こだまだ」という指摘があった。
こだまのスタッフの中には「地元出身のスタッフ」は1人しかいない。
他、多くのスタッフが、他市や他県の出身であるにもかかわらず、
「こだま」という「なじみの空間」が、
新旧住民と言った「地域の領域性」を打ち壊し、
「私の場所」を「私のまち」「私の仕事」をつくっている。
いまだに市町村区や、件、国籍などといったカテゴリ-によって
分断されるコミュニティに対して、
こだまの「なじみの空間」という言葉は、
全てを包み込み、1つの共同体を育む、希望を持つ言葉だ。
もちろん、「なじみの空間」は自然には立ち上がってこない。
「なじみの空間」を演出する、場所、人-延藤安弘の言葉を借りればエンギニア-
の存在によって、初めて立ち現れてくるものである。
そのエンギニア、場所というのが、
こだまであり、近藤さんであり、こまちださんである。
④アートが繋ぐ、コミュニティの縦軸と横軸
「こだまうまれる」インスタレーションでは、
戦時中、傷ついた人を血を覆う予定だったガーゼによって、
現代に生きる私たちの「生きている痕跡」をつける、という
コンセプトによって展開された。
また、奥の部屋に展示された、0歳から97歳、
のべ305人の参加者の痕跡が1枚となった、
インスタレーションによって、
コミュニティの横軸(地域的な広がり)と縦軸(歴史)が
1つのなった。
アートには、「なじみの空間」を一瞬にして演出してしまう、
全てを包み込む優しさ、がある。
アートだから、出来ることが再確認できた。
⑤アートが人と場所の潜在能力を引き出す
今回のワークショップによって、
利用者さんの潜在的な能力や意識が表出されたり、
また、スタッフが見たことがない表情を見ることが出来たりした。
見本を真似て作る、図工活動と本質的に異なる、
自由に修訂的に創意工夫によって活動ができる、
アート創作活動は、人をエンパワーメントする力を有している。
また、「こだまうまれる」の展示によって、
古民家という場所が、もの凄く地域にとって大事な場所であり、
-それは153年の歴史と、305人の共同舎-
古民家の魅力-オモカゲとウツロイ-を再認識した。
⑥すべては、認める声、遊び心から始まる。
こだまスタッフの皆さんが、皆異口同音にしていたのが、
こまちださんの「良いところを見つけ、誉める、誉め合う」の姿勢である。
アートに対して苦手意識も、「誉められる」「誉め合う」ことで、
払拭され、さらに主体的な自由で創造的な活動が育まれる。
個性を認め合う、と口では簡単に言えるものも、
普段、「できばえのよい/わるい」「きれい/きたない」「はやい/おそい」
といった基準で人を図ってしまう。
けれども、認めることから、創作活動は始まると、こまちださんは教えて下さった。
認められるところー遊び心が生まれ、遊び心が、全て創造を促していく。
遊び心を、失うとき人は、活動が労働となる。
…
これ以外に、細かいことをきりを挙げるときり内が、
こうして6点に絞って考えて見ると、
介護事業とアートプロジェクト-どちらも人が中心の事業-の
重要なポイントが見えてくる。
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1854年。
こだまが、時代最先端の医院として誕生した時代。
村のマツリゴトを決める上で、「投票」は
「やむを得ない」最終手段だった。
とことん話し合って、それでも結論が出ないから、投票した。
投票は民主主義にとって、最良手段ではなく、
いつの場合もやむ終えない「最終手段」である。
しかし、153年後。
同じく、転換期と言われるこの時代では、
議論を丁寧にする必要なく、「数さえそろえば」
マツリゴトの全ては決まってしまう。
それが、私たちには、本来身近なまちや、マツリゴトを
まるで「手の届かない」所にあるような錯覚においやる。
近藤さん、こまちださんの「なじみの空間」を育む姿勢は、
なじみの仲間を増やす、親密圏を広げる、
まさにコミュニティを包み込む実践である。
「なじみの空間」という言葉は、
「共生のまちづくり」でも「風の人」「土の人」といった言葉を用いて
結局は人を「識別」してしまう、自己矛盾に対して、
全てを包み込む、視点がある。
聞き飽きるほど、コミュニティの希薄化が語られる現代では、
アートを通じて、「なじみの空間」を得て
アートを通じて、「なじみの仲間」を得る。
そこから初めて、人々の「遊び」が生まれ、
声が こだま する、公論の場が生まれる。
「祭りごと」から、「政」が、
-こだま-が生まれる。
今月末には、参議院選挙。
その前の日は、HyoJun CIRCUIT
「アーティストと歩く、京島」です。
(山浦彬仁)











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